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両親の介護保険認定手続き [家族]

●3年ぶりの帰郷

4月1日から1週間、故郷の岡山県倉敷市に帰省しました。およそ3年ぶりの故郷。目的は、同窓会でも何かの家族行事でもなく、両親の介護保険の認定手続きでした。いよいよ、その時がやってきたわけです。

父は84歳、母80歳。二人とも病院のお世話になることが増え、特に母が昨年12月に体調を崩して救急で搬送されることがありまして、それがきっかけでそろそろ手続きはしておいたほうがよかろうという話になったのです。

なにも東京からそのために帰らずとも、本人たちが手続きをすればよさそうなのですが、何事も率先してやる父も、さすがに窓口で相談したり手続することに抵抗感があった様子。昨年末、それで父から要請されたのでした。こういうことは子どもにやってもらいたいとの思いもあったのかも。

午前中に東京を出発し、お昼過ぎに実家に到着。少し休んで両親と少し打ち合わせをし、地元の市役所に赴きました。子どもの頃から見慣れていた市役所はすでに建てかえられていて、なじみのない建物の中に恐る恐る足を踏み入れ、順番待ち。

20分ほど待った頃、番号札で呼ばれて介護保険課の窓口に。そこで女性の職員に、「(両親は)今のところまだ介護は必要ない状態だが、そろそろ考えなければならなくなった」との旨を伝えると、「介護保険制度で得られる支援サービスを受けるには、いずれにしても介護認定を得る申請が必要」とのことで、急遽、申請の手続きをすることに。

とはいえ窓口業務の終了時間まであと10分ほど。しかも今日は週末の金曜日。「手続きするなら来週また来てください」と言われるものと思い込んでいたのです。

「え、今から大丈夫なんですか?」と尋ねると、大丈夫ですよ、との返答。

そこからめちゃめちゃ手際よく、手続きを進めてくれたのでした。私が「故郷にいられるのは、最長でも1週間程度」と伝えると、素早く他の職員と連携をとり、すぐに調査員を手配してくれたのです。

なんと週明けには調査員の方が自宅に来てくれることに。おそらく長男が帰っている間にと、融通をきかせてくれたようです。結果的に、私も面談に同席することができました。

ちなみに介護保険の認定手続きには、申請書類に本人の状態や主治医の情報などを記入して提出するのと同時に、被保険者となる本人の状態を調査員が直接、面談して確認する行程が義務付けられているのです。そのほかに主治医に意見書を書いてもらう必要もあります。

私は、帰省する数日前に、この日訪れた市役所に電話で相談していたので、概要だけは知っていましたが、その時の話では、年度始まりは申請数も多く、帰省中に面談を受けるのは難しいだろうと聞いていたのでした。

●面談での気づき

そして翌週月曜日。両親が面談を受ける様子を横で見ながら感じたのは、この面談には子どもなどサポートする人が必要だということです。

高齢者って、お客さんを前にすると本人も気づかないうちに、強がったり見栄を張ったりするところがあるんですよね。

毎日のように「あれができない、これができない」と嘆いていたのに、調査員の方から「歩いてみてください」と言われるといつもより頑張って歩くし、「〇〇はできますか?」と尋ねられると、「はい、できます」と平気でこたえたりする。高齢者って傍で見るよりはるかに、不自由なく生活できていると思い込んでいるものです。

また質問への答えがちぐはぐだったり、全然関係ない話を長々話してしまったりと、笑ってしまうほど要領を得ません。ふだん人の話を聴く仕事をしている私としては、この訪問は、両親の現状を知ることができたことと同時に、聴き手として学ぶことも多かったです。

まあ、両親の心情を察するに、衰えの具合を細かく確認されることは、愉快なことではなかったでしょう。

新しい発見もありました。高齢者の今後のリスクを考えるうえで、体の衰えよりも「認知機能」の衰えのほうが問題だということです。

体の衰えを補助するツールやサービスは充実しています。でも認知機能を補う手段は乏しく、結局のところ家族の誰かが恐ろしいほどの犠牲を払わなければならなくなります。

そして残念ながら、今回の帰省で私の両親にも、すでにそのリスクが迫っていることに気づくこととなりました。特に母親の認知機能が衰えてきていることを認めざるを得ませんでした。

アルツハイマーを宣告されているわけではありませんが、その言動からふと、母はいつか私のことがわからなくなってしまうかもしれないとの不安が頭をよぎったりしたのです。

●コロナ禍が与えた影響

3年前に一度、帰省したときよりも、思考力の低下を感じてしまいました。外出もままならなかったこの2年の生活が、脳の機能を衰えさせたのでしょう。耳もずいぶん遠くなっていました。

こういう衰えはうちの母に限ったことではないのではと思います。

●田舎に高齢の親を持ちつつ、都会で働く人に求められること

今回、予想以上にスムーズに手続きを終えられた一つの要因として、帰省前に少しネットで介護保険制度の概略を学んだり、電話でも相談していたことがあげられます。多少なりとも介護保険制度の基本的な知識があれば、手続きをする際にもよりスムーズになると感じました。

それと、これを高齢者本人が手続きを進めていくには、心理的にも難しいということもよくわかりました。親がやっていると、面談の日取りを決めるだけで、何日もかかってしまうことは想像に難くありませんでした。なので多少強引になっても子どもがせっついて進めていくほうがよいと思います。

手続きそのものについては、優秀な市の職員がサポートしてくれるので、心強かったですが、やはり帰省してでも子どもがやるべきことだと感じました。

私自身もそろそろ寿命が気になる頃でありつつ、とうとう両親の介護の心配も同時に抱えてしまうという、いわく言い難い、面倒な年代を迎えてしまいました。

両親がともに健在というだけで安心していたのもここまで。いよいよ田舎の親の面倒をいかにみるか、という問題がはじまってしまったことを悟ったのでした。

七々三
なるべくなら人生の終わりを楽しく過ごさせてあげたい。そのために東京にいる長男は何ができるのか。そんなことをしばらく考えようと思います。


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